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ロックマンと私

このサイトの名前、ピクセルカフェというのは以前運営していたオーナーが付けてくださった名前であるが、ピクセル、という言葉で連想することをつらつらと書いている。

今、携帯電話もパソコンもRetina(解像度が非常に高い状態で、ピクセルを感じさせないなめらかな画面が特徴)に対応し、ピクセルという言葉とは少し乖離があるように思う。

ファミコンの解像度はどのくらいであったろう。いわゆるドット絵というやつであるが、私はそのドット絵に想像力を掻き立てられたものだ。

例えて言うなら、ドラマよりも小説の行間が面白い、といったことだろうか。

私にとってピクセルとはそういうものである。

さて、ロックマン。Wikipediaによると、

『ロックマン』(ROCKMAN, 海外名: Mega Man)は、カプコンから1987年12月17日に発売されたファミリーコンピュータ対応のアクションゲーム。ロックマンシリーズの第1作目である。

ああ、1987年であったか。当時小学生の私にとっては、コンティニュー出来ない、しかも難易度の非常にシビアなロックマンというゲームは非常に、なんていうことばが生易しいほど難しく、逆立ちしてもクリアできないのでは、と思うほどであった。

6体のボスを斃し、Dr.ワイリーの研究所でさらに強いボスたちを斃す。今で言うところの無理ゲーであった。何しろボスの攻撃を受けると体力の3分の一程が無くなってしまうのである。

はじめてクリアしたのは、大学生になった頃であろうか、時間も存分にあり、歳相応の狡さを身につけた私にとっては、さすがのロックマンを持ってしても敵ではなかった。

ちなみに、件のロックマンシリーズであるが3作目から難易度は一気に子供向けになる。コンティニューも出来るようになり、ゲームらしさ、というか軽快に遊べるようなゲームバランスであったように思う。

スーパーファミコンで出たロックマンの某かでは昇竜拳(同じメーカーの違うゲームの技)が出せたように記憶しているが、その頃には別の趣味が忙しく、ロックマンからは離れていたように思う。

今にして思えば、あのロックマンの対象年齢はいかばかりだったのだろうか。子供向けにしては難しいし。当時のファミコンソフトはとにかく全部難しすぎた。

ファミコンよもやま話

ピクセルカフェ、記念すべき1本目のレターは、ファミコンよもやま話。

実は筆者、1980年生まれなので、いわゆるファミコンと初めて遭遇したのがたぶん3歳とかそのあたりだったと記憶している。

Wikipediaによると、

ファミリーコンピュータ (Family Computer) は、昭和58年(1983年)7月15日に任天堂より発売された家庭用ゲーム機。メーカー希望小売価格は14,800円。型番はHVC-001。HVCはHome Video Computerの略である。日本国内での略称・略記はファミコン・FC。平成25年(2013年)7月15日に発売30周年を迎えた。

…とあるから、おおよそ時期が合致する。今思うと、父親は発売日に買ってきたのだろうか。確か、ドンキーコングJr.とポパイがあったような気がする。マリオブラザーズが出たのはその後か。

ドンキーコングJr.は、ドンキーコングと趣を異にするゲームである。ドンキーコングは、ピーチ姫?をドンキーコングから助けるためにマリオが活躍するゲームであるが、ドンキーコングJr.はドンキーコングをマリオから助けるためにドンキーコングJr.(子供)が活躍する話であったように思う。シリーズでは非常に珍しい、マリオが悪役のゲームである。

また、ポパイはホウレンソウを取ると強くなる?無敵になる?敵を倒せる?なんかそんなルールだったように思い出されるが詳細は不明だ。

現在ではスマートフォンでもゲームが出来る時代。私の頃はゲームボーイでもじゅうぶんに画期的だった。通信対戦ケーブルというのを持っていても対応するソフトが無かったり、子供ながらに勝手にルールを作って対戦(のような遊び)をしていたのが懐かしい。今ではオンライン対戦である。これも懐かしいが、ISDNなどのナローバンド回線の時にストリートファイターか何かのオンライン対戦があったものだ。今思うとタイムラグが結構ありそうに思うが。

ゲームは芸夢。芸のある夢を見せて頂いて、こうして大人になった。