PxlCafe ホームページ

野球とバカ…もとい野球賭博

野球業界がにわかに騒がしい日々が続きますね。それもブラックな話題ばかり。

クスリに賭博…何故そうなる!?って思うけれど、おカネをたくさん持っている人には怪しい誘いが増えるものなのかも。不法におカネを生み出すプロは、おカネを持っている人…しかも騙せそうな人を嗅ぎつける力に長けてるでしょうから。

野球の場合は高卒でプロ入りできた場合は18歳。自分が18歳の時なんてまだまだ世間知らずの子どもだったと感じます。まして学生の間はプロを夢見て部活で野球にどっぷり浸かる生活を送る球児も少なくないはず。人を見る目や社会の落とし穴を学ぶ機会がそうあるとは思えません。

だからこそ大人がきちんと教育して守ってあげないと…とはいえ、様々な賭け事がある中で、何故野球賭博を選ぶかなぁ。違法かどうかの前に、自分が人生賭けているものでしょうに。

野球ファンにとっては、シーズンを迎えるこれからがわくわくする時期。また後からガッカリするような事実が出てこないよう願うばかりですね。

保育園の建設断念に思うこと

『保育園落ちた。日本死ね』の過激なワードが国会までもを騒がせて間もないけれど、千葉では住民の反対で保育園が撤退したそう。

「静かに暮らしたい」とか、「道路が狭いから安全が保てない」、「説明不足」の声を報道で見たけど、何だかなぁ。道路の狭さは車の送迎禁止で済むのでは。私も決して子供が大好きな母性にあふれるタイプではないけど、そんな理由が堂々と表だって出ることに驚いた。

報道で見る限りだと割と高齢の方々が異を唱えているように見えたこともまた衝撃だった。高齢者ってみんな子供を温かくそして懐かしげに見守るものだと勝手に思っていたので。

けれどたぶん、子連れですれ違ったらこの方たちもそういう温かい対応なんじゃないかと思ったりもする。「保育園ができるのはいいこと。でも自分の家の近くは勘弁してほしい」って言っていたのが本音だろうと思う。

誰もが子供だった時代があったはずで、ましてやその世代だと4人5人育てることも珍しくなかったはず。ご自分の子育て時代はうるさくなかったのかと問いたい。

確かに今の日本を支えてきた感謝すべき世代の方々。でもこれから育つ若い世代に支えてもらう面もあることもまた事実。誰もが損得勘定だけで声高らかに主張したら結局は誰にも優しくない日本になってしまうのではと感じた報道だった。

ノリノリブログ炎上

今回の熊本地震をうけて、芸能人の支援の輪も広がっている。支援の仕方は様々だけど、その支援には賛否が分かれているようだ。そんな中、何をしても空回り気味の藤原紀香から個人的に目が離せない。

歌舞伎役者の片岡愛之助とめでたく結婚したばかりでハッピーMAXの彼女だが、そもそもこの結婚会見から世間の反応は冷ややかだった。愛之助の落ち着いた様子とは真逆の、年甲斐もなく浮かれまくった様子を私もちょっとヒキ気味で見ていた。関西出身だから当然だが、その関西弁すらあざといと言われる始末…ちょっと可哀そうだけど、二股騒動で大騒ぎしてたどり着いたゴールインだからしょうがないのかも。

その彼女がブログを通して熊本にエールを送り続けている。なのにそのエールにバッシングが止まらないのだ。頑張って下さい、応援しています。でやめとけばいいものを、『どうか火の国の神様もうやめて』なんて言ったもんだから、『熊本の人が悪いみたいに言うな!』との炎上につながったのだ。

彼女のブログを見ると、連日現地を心配した書き込みが続いている。根はいい人なんだうし、たぶん彼女なりに本気で心配しているのだろうと思うが、客観的に適切な言葉を選べない時点でこういうブログ発信に向いてないとも思う。まして今や“梨園の妻”。批判を受けるような行動なんてもってのほかのハズ。しかし、これでめげないのが藤原紀香。これからもいろんな意味で彼女から目が離せない。

ロックマンと私

このサイトの名前、ピクセルカフェというのは以前運営していたオーナーが付けてくださった名前であるが、ピクセル、という言葉で連想することをつらつらと書いている。

今、携帯電話もパソコンもRetina(解像度が非常に高い状態で、ピクセルを感じさせないなめらかな画面が特徴)に対応し、ピクセルという言葉とは少し乖離があるように思う。

ファミコンの解像度はどのくらいであったろう。いわゆるドット絵というやつであるが、私はそのドット絵に想像力を掻き立てられたものだ。

例えて言うなら、ドラマよりも小説の行間が面白い、といったことだろうか。

私にとってピクセルとはそういうものである。

さて、ロックマン。Wikipediaによると、

『ロックマン』(ROCKMAN, 海外名: Mega Man)は、カプコンから1987年12月17日に発売されたファミリーコンピュータ対応のアクションゲーム。ロックマンシリーズの第1作目である。

ああ、1987年であったか。当時小学生の私にとっては、コンティニュー出来ない、しかも難易度の非常にシビアなロックマンというゲームは非常に、なんていうことばが生易しいほど難しく、逆立ちしてもクリアできないのでは、と思うほどであった。

6体のボスを斃し、Dr.ワイリーの研究所でさらに強いボスたちを斃す。今で言うところの無理ゲーであった。何しろボスの攻撃を受けると体力の3分の一程が無くなってしまうのである。

はじめてクリアしたのは、大学生になった頃であろうか、時間も存分にあり、歳相応の狡さを身につけた私にとっては、さすがのロックマンを持ってしても敵ではなかった。

ちなみに、件のロックマンシリーズであるが3作目から難易度は一気に子供向けになる。コンティニューも出来るようになり、ゲームらしさ、というか軽快に遊べるようなゲームバランスであったように思う。

スーパーファミコンで出たロックマンの某かでは昇竜拳(同じメーカーの違うゲームの技)が出せたように記憶しているが、その頃には別の趣味が忙しく、ロックマンからは離れていたように思う。

今にして思えば、あのロックマンの対象年齢はいかばかりだったのだろうか。子供向けにしては難しいし。当時のファミコンソフトはとにかく全部難しすぎた。

ファミコンよもやま話

ピクセルカフェ、記念すべき1本目のレターは、ファミコンよもやま話。

実は筆者、1980年生まれなので、いわゆるファミコンと初めて遭遇したのがたぶん3歳とかそのあたりだったと記憶している。

Wikipediaによると、

ファミリーコンピュータ (Family Computer) は、昭和58年(1983年)7月15日に任天堂より発売された家庭用ゲーム機。メーカー希望小売価格は14,800円。型番はHVC-001。HVCはHome Video Computerの略である。日本国内での略称・略記はファミコン・FC。平成25年(2013年)7月15日に発売30周年を迎えた。

…とあるから、おおよそ時期が合致する。今思うと、父親は発売日に買ってきたのだろうか。確か、ドンキーコングJr.とポパイがあったような気がする。マリオブラザーズが出たのはその後か。

ドンキーコングJr.は、ドンキーコングと趣を異にするゲームである。ドンキーコングは、ピーチ姫?をドンキーコングから助けるためにマリオが活躍するゲームであるが、ドンキーコングJr.はドンキーコングをマリオから助けるためにドンキーコングJr.(子供)が活躍する話であったように思う。シリーズでは非常に珍しい、マリオが悪役のゲームである。

また、ポパイはホウレンソウを取ると強くなる?無敵になる?敵を倒せる?なんかそんなルールだったように思い出されるが詳細は不明だ。

現在ではスマートフォンでもゲームが出来る時代。私の頃はゲームボーイでもじゅうぶんに画期的だった。通信対戦ケーブルというのを持っていても対応するソフトが無かったり、子供ながらに勝手にルールを作って対戦(のような遊び)をしていたのが懐かしい。今ではオンライン対戦である。これも懐かしいが、ISDNなどのナローバンド回線の時にストリートファイターか何かのオンライン対戦があったものだ。今思うとタイムラグが結構ありそうに思うが。

ゲームは芸夢。芸のある夢を見せて頂いて、こうして大人になった。